​供養

「供養」の語源には、「尊敬する」という意味があります。様々な「供養」の形がありますが、その全てには「尊び敬う」という思いが込められています。
仏教では、亡き人の魂は生まれ変わるとされ、その魂がどこへ生まれ変わっても幸せに過ごして欲しいと願うのは当然のこと。その思いをお題目として、故人に届けることこそが「追善供養」であります。
大切な方を亡くした悲しみ、寂しさは、尽きることはありません。しかし、その心を供養の形へと表すことにより、それは自分自身を見つめ直すと共に自らの心を養っていく事へと繋がっていくのです。

御先祖様は根・私達は枝葉

供養の形を一本の木にたとえると根が御先祖様、幹と枝葉が私達です。 根が養分を吸収し、幹や枝葉はその養分を頂いて育ちます。しっかりした根であれば、たとえ強風が吹いても倒れずに居られます。ご先祖様は根として、私たちを支えてくれる大きな存在であり、根であるご先祖様より、命をいただいて、今を生かされているのです。 
先祖供養とは、「枝葉」である私達が、「根」である御先祖様に対して日の光を受け栄養を捧げることであります。その栄養分が、周り巡って、自分達のところに戻ってくるのです。 
またその栄養は、私達の思いやりの心をつくり、育てるのです。相手のことより自分のことを優先してしまいがちな世の中です。しかし、供養という目に見えないものを想う事、それは目に見えないものを思う心が備われば目に見える自分の周りを思いやることが出来る心を養っていく事へと繋がっていくのです。

水 子 供 養

水子とは、流産や死産、無事出産しても一年にも満たず亡くなられた霊のことです。
現代では悲しい事に、その魂が供養されずに葬られているという例も少なくありません。無事にこの世に生を受けた子供は、物質的にも恵まれ幸せに養育されていますが、供養もされず葬られた子供は、同じ子供でも大変な違いがあります。水子の霊は、両親が供養してくれることを待っています。両親が気づいてくれることを求めて、家庭の中に様々な悪戯を起こすことがあります。迷える水子の霊は、供養を受ける事で必ず父母や兄弟の幸せを祈ってくれます。「水子供養」をすることは、家庭に幸せをもたらすのです。
水子供養について、葬儀・法要のご依頼、ご相談受け付けております。

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